
要点
精神科のオンライン診療は「対応できる疾患・できない疾患」という疾患名の線引きでは決まらない。 令和7年12月26日に厚生労働省が策定した「情報通信機器を用いた精神療法の適切な実施に関する指針」が実際に定めているのは、疾患名別のリストではなく、初診か再診か・医師の資質・処方内容・対面移行体制という構造的な条件である。本稿は同指針と、そこに引用される「オンライン診療の適切な実施に関する指針」(平成30年3月、令和5年3月一部改訂)に基づき、現場で判断に迷う場面を整理する。


この指針が対象とするのは、オンライン診療全体ではなく、精神科を担当する医師が行う「精神療法」の部分に限られる。問診や身体診察を含む一般的な診察は対象外であり、指針の適用範囲そのものが「疾患」ではなく「診療行為の種類」で区切られている。 そのうえで指針の本文を確認しても、疾患名を挙げて「この疾患は適応、この疾患は不適応」と線引きした記載は存在しない。判断基準として明記されているのは、 (1)初診か再診か (2)実施する医師の資質 (3)処方する薬剤の内容 (4)対面診療への切替体制 という4つの構造的な条件である。以降の節で、この4条件を順に整理する。


指針は、オンライン精神療法のメリットとして、患者が在宅で診療を受けられることによる生活状況等の情報の得やすさ、地理的・時間的・心理的に対面診療が受けにくい患者へのアクセシビリティ向上を挙げている。対面診療に心理的な負担を感じている患者について、その負担軽減の観点から対面診療の補完としてオンライン診療を活用する考え方もあるとされる。 一方で、対面診療に比べて得られる情報が限定されること、精神療法の実施に重要な信頼関係構築の難しさ、緊急性の高い患者への対応の難しさによる診療の質低下への懸念、薬剤の不正処方・なりすまし受診等の不適切な受診の増加、診察内容の秘匿性やプライバシー侵害への懸念も併記されている。指針は、これらを踏まえ「オンライン精神療法については、オンライン診療の中でも安全性及び有効性により一層配慮しつつ実施されるべきものである」と位置づけている。 運用面では、オンライン診療は患者からの求めに応じて実施される必要があり、「研究を主目的としたり医師側の都合のみで行ったりしてはならない」とされる。医師は、オンライン診療の利点および生ずるおそれのある不利益等について、事前に患者へ説明を行うことが義務とされており、患者がオンライン診療を希望していても医師が対面診療を望ましいと考える場合は、その理由を患者に説明し、解決可能な課題があれば解決に努めることが望ましいとされている。


指針は、オンライン初診精神療法について「十分な情報が得られず、信頼関係が前提とされない初診精神療法について、医療提供者および患者双方から不安の声があることに加え、臨床においてオンライン初診精神療法を適切に実施できることを示す科学的知見も明らかではない現状において、オンライン再診精神療法と同様に用いることは難しく、引き続きの科学的知見の集積が期待される」としている。つまり、初診からのオンライン精神療法は原則として想定されていない。 例外として認められているのは、次の条件をすべて満たす場合に限られる。 ・オンライン再診精神療法に十分な経験がある医師が診察を行う ・行政(精神保健福祉センター・保健所・市区町村等)が対応している未治療者・治療中断者・ひきこもりの者等が対象 ・診察を担当する医療機関と、訪問指導等を担当する行政との連携体制が構築されている ・診察時に、患者の側に保健師等(精神保健福祉に携わる専門職)がいる状況で、十分な情報収集・情報共有が可能 ・患者自身の希望がある この5条件のいずれかを欠く場合、指針が想定する初診活用のスキームには当てはまらない。 医師の資質についても要件があり、「精神科における診療の一定の経験や資質を有すること」が求められる。指針が例として挙げているのは精神保健指定医、関連学会認定専門医等である。さらにオンライン初診精神療法を行う医師は、「オンライン再診精神療法に十分な経験がある医師が行うことを前提とする必要がある」とされており、オンライン精神療法自体が未経験の医師がいきなり初診から行うことは想定されていない。


指針が引用する「オンライン診療の適切な実施に関する指針」(平成30年3月、令和5年3月一部改訂)の薬剤処方・管理の項目では、初診の場合に行わない処方が3点、明記されている。 1. 麻薬及び向精神薬の処方 2. 基礎疾患等の情報が把握できていない患者に対する、特に安全管理が必要な薬品(診療報酬における薬剤管理指導料の「1」の対象となる薬剤)の処方 3. 基礎疾患等の情報が把握できていない患者に対する8日分以上の処方 このうち安全管理必要薬・8日分以上の処方は「初診」を起点にした制限であり、再診で基礎疾患情報が把握できている患者への処方を一律に禁じるものではない。 一方、麻薬・向精神薬については、令和8年からこの前提が変わっている。 厚生労働省保険局医療課「疑義解釈資料の送付について(その4)」(令和8年4月21日付事務連絡)問16は、「初診を情報通信機器を用いた診療で実施し、再診も情報通信機器を用いた診療を行った場合、向精神薬を処方することはできるか」という問いに対し、「不可」と回答している。 根拠として挙げられているのは、令和8年4月1日に改正された医療法施行規則第9条の6の13第3項で、「医師又は歯科医師は、オンライン診療を行う場合において、初診でない場合であってその症状等について対面診療を経ている場合を除いては」麻薬及び向精神薬の処方を行ってはならないと定められた点である(関連する診療報酬上の運用は令和8年6月1日から実施)。 つまり、麻薬・向精神薬の処方が認められるのは「再診であること」に加えて「その症状について対面診療を一度でも経ていること」が必要になった。 初診からオンラインで診療を始め、その後の再診もすべてオンラインで完結している患者(対面診療を一度も挟んでいない患者)には、再診であっても麻薬・向精神薬を処方できない。 安全管理必要薬・8日分以上の処方が「初診か再診か」だけで線引きされるのに対し、麻薬・向精神薬は「対面診療を経ているかどうか」まで問われる、一段階厳しいルールになっている。 再診以降についても、向精神薬等の不適切な多剤・大量・長期処方は厳に慎むことが求められている。特にベンゾジアゼピン受容体作動薬は長期・高用量の使用により依存を生じるとされており、オンライン診療を実施している患者に乱用や依存の傾向が認められる場合には、「速やかに適切な対面診療につなげた上で、詳細に精神症状を把握するとともに、治療内容について再考すること」とされている。 処方は「疾患名」ではなく「初診か再診か」「対面診療を経ているか」「基礎疾患情報の把握状況」「乱用・依存の兆候」で線引きされる。


指針は、オンライン精神療法を実施する場合、「原則として、当該医療機関において、オンライン診療を実施した医師本人が、速やかに対面診療を実施可能な体制を確保することが求められる」としている。時間外や休日にも医療を提供できる体制が望ましいとされるが、自院での対応が難しい場合は、地域の精神科病院との連携体制を平時から確保しておくことで、この体制が確保されているとみなされる。 対面移行が必要になる典型的な場面として、指針は「患者の訴えや挙動等から自傷や急性増悪等の徴候を注意深く判断し、それらの徴候が認められる場合は、慎重かつ適切な対応を取る必要がある」としている。ここでも具体的な症状名や重症度の数値基準は示されておらず、医師が個々の診療の中で情報の十分性を判断する枠組みになっている。 実施環境についても要件があり、医師側・患者側とも情報通信機器のカメラ及びマイク機能を常時オンにし、双方が物理的に外部から隔離される空間で実施することが求められる。情報通信機器や通信環境の不備でオンライン精神療法を適切に実施することが困難と医師が判断する場合は、状況が改善するまで対面診療を検討することとされている。 なお、これらの指針遵守状況を確認するための「指針遵守の確認をするためのチェックリスト(医療機関ver.)」が厚生労働省のホームページに掲載されており、医療機関のホームページ等で結果を公表することが望ましい。
まとめ
オンライン精神療法の可否は、疾患名の一覧表ではなく、「初診か再診か」「実施する医師の資質」「処方する薬剤の内容」「対面診療への切替体制」という4つの構造的な条件で決まる。 特に初診は原則不可であり、例外は行政の訪問指導等と連携した限定的なスキームに限られる。 処方については初診時の3つの制限(麻薬・向精神薬、安全管理必要薬、8日分以上)に加え、令和8年からは麻薬・向精神薬について「対面診療を一度も経ていない場合は再診でも処方不可」という、より厳しい基準が適用されている。 オンライン精神療法への参画を検討する際は、この4条件を自院の体制と照らし合わせて確認することが実務上のスタート地点になる。
一次情報
・「情報通信機器を用いた精神療法の適切な実施に関する指針」令和7年12月26日 厚生労働省(障発1226第1号) ・「オンライン診療の適切な実施に関する指針」平成30年3月(令和5年3月一部改訂)厚生労働省(上記指針内に引用された範囲) ・「疑義解釈資料の送付について(その4)」厚生労働省保険局医療課 事務連絡 令和8年4月21日(問16)
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